毎年、5月の第一日曜日は『ラフォールジュルネ』でお休みなので、お出かけの絶好の機会となっている。
今年は『天神さん』の日程に合わせて、京都に出かけることにした。せっかくの一人旅、一人でしか行けないところは??・・・「そうだ!『泉屋博古館』でゆっくりと中国の青銅器を鑑賞しよう・・・」ということでテーマは決まり出かけてきた。旅行も連れがいるといろいろとそのひとの趣味にもあわせなければならない・・・実は前回の旅行で清水寺に行きたいと言われ閉口してしまった・・・ただ、当然、相手にも言い分はあり「なんでわざわざ京都まで行って中国の青銅器の美術館に行かなきゃなんないのよ!!」とこうなることは明らかで、今までず〜っと行ってみたかったのに訪ねる機会がなかったのである。誰にも気兼ねなく心ゆくまで「青銅器」を眺められるのは一人旅ならではのことである。
京都に着いて、はやる気持ちを抑えつつまずは、『青蓮院』で「霧島つつじ」と「青不動」を鑑賞。

霧島つつじはまだ3分咲き。

その後、『並河七宝記念館』で作品と共に七宝の製作過程で必要な水を疎水から引き込んだ珍しいお庭と工房を見学。



排水講のふたも凝っている。
そして、南禅寺を尻目に見ながら、琵琶湖から水を引き込む疎水をぐるっと廻ってやっと・・やっと・・・『泉屋博古館』へ・・・。
私の想像をはるかに超える内容。質・量ともにすごい。すごすぎる。
入口をはいってすぐに商時代の太鼓型青銅器が展示されている。まず驚かされるのが、その大きさで、こんな大型の青銅器は見たことがなかった。全体が非常に薄い青銅で製造してある。これだけの技術は現代でも難しいだろう。
次にはその鼓面の鰐皮の表現だ。どうやら昔の太鼓の鼓面にはワニガワが使われていたらしい。
しょっぱなから、もうガツンとやられてしまった。それからも、あるはあるは・・名品の数々。あの有名な虎が人をかかえているのか、喰らおうとしているのかわからない西周前期の「虎卣」に到達するころには、すでに「トウテツ」(漢字変換できないな〜)ににらまれてへろへろになってしまった。
美術館を出るころはもう夕方だった。
「あ〜。きてよかったぁ〜。満足〜。」すごいぜ住友コレクション!!
友人に誘われて、歌舞伎を観に行ってきた。
まず銀座のデパ地下で待ち合わせ、それぞれ好きなお弁当を購入していざ、歌舞伎座へ。
歌舞伎座は明治22年(1889年)に建てられ、関東大震災・戦災などを生き抜いてきたが耐震性・老朽化などのため、2010年4月の公演を最後に建て替えられることが決まっている。

現在は「さよなら公演」の最中で演目は「竜馬がゆく」「時今也桔梗旗揚」「お祭り・名残惜木挽の賑」「河内山」となっている。
染五郎扮する坂本竜馬が夢半ばにして暗殺され・・・・明智光秀が陰湿にいじめられてブチギレして本能寺へ旗揚げするまでの話・・・と続いて・・・すこし気分が滅入りがちになってきた・・・今日の演目は私好みではなかったかもしれない。
お客さんのほとんどがお年寄り、私の隣のおじさんはずっと寝ていて、幕間に目を覚ます・・といった具合だ。お客さんの方も老朽化が進んでいるらしい。

現在の歌舞伎座は唐破風や装飾など、桃山・御殿風の華美な作りになっている。新しいく立て直す際も現在の歌舞伎座の感じをそのまま残した案が出されたが、石原都知事から「銭湯みたいで好きじゃない」とものいいがついて、装飾を抑えた現代風に変更されたそうだ。
確かに客席の椅子の間隔は狭いし、耐震性の問題などで立て直すのは必要なことなのかもしれないが、もう一度、”歌舞伎・カブク”といった意味を思い起こしてほしい。カブクとはある種、異様ないでたち、華美で派手なこと、権力に阿ることを良しとしない精神のことではないのか?
歌舞伎座にくると、なんだかわくわくする。それは、この派手派手な今の歌舞伎座があってのことかもしれない。装飾を抑えた現代風の新しい歌舞伎座であんまり都市に溶け込まないで欲しい。がんばれ歌舞伎者。歌舞伎者の精神を忘れるな。
新緑が雨に濡れて美しい季節。
ぶらっと、京都に行ってきた。

今回は、東福寺周辺、大原、嵯峨野天竜寺・・・など名園散歩としゃれこんだ。
苔が空中の水分をふくんでふっくらとしていて、こんな日は雨もしっとりとしていいものだ。
いつか、ささやかでいいから自分の庭をつくってみたい。
現在、完璧な姿で私達を迎えてくれているこの庭も、造った当初はこのような趣きはなかっただろう。
時代を重ね、多くの人の手を経てこのような美しい姿を保ち続けているのだ。
骨董品もそうだけど、良いものが長年大切にされて、より美しさが増す。
庭の石も地上に出ている何倍もの大きさが地下に隠れているのだそうだ。



いや〜京都すごい。まいりました。



今日は天気が良いので、目黒川の桜を楽しみつつランチに出かけることにした。
桜は盛りを少し過ぎた頃で、風が吹くとはなびらが花吹雪のように舞っている。目黒川周辺は桜色の霞がかかったようで、桜にむせ返るようだった。こんな日はなんとなく西行の歌が口をつく。
春風の花を散らすと見る夢は さめても胸のさわぐなりけり西行の桜の歌の中でも、一番好きな歌だ。
春はこんな胸の騒ぐような気分を味わいたい。
平日なので人も少なく、ゆっくり川沿いを散歩する。
花見にと群れつつ人のくるのみぞ あたら桜の科にはありけるなんてこともない。
たまには、徒然に西行の恋と人生に想いを馳せてみるのもいいだろう。
ねがはくは花のしたにて春死なん その如月の望月の頃西行は待賢門院の面影を桜にたとえて詠っていたが、我を忘れて桜に心酔しているうちにいつしか恋の苦しみから解き放たれ、彼のロマン世界は桜のなかに結実する。
桜は美しく、そしてはかない。人の世もまた然り。

丸の内の春の恒例フラワーイベントで、東京国際フォーラム地上広場もチューリップの花が咲き乱れています。4月5日の骨董市は華やかになりそうです。